平成24年の言葉

昨年の今頃、誰が東北大震災や原発事故を予想できたであろう。

これを打っている1月はじめのように、のんびりしていたと思う。

3,11以来、予断というものの考え方が変わってしまったような気がする。

法医学を志してはや30年、1万5千体近くのご遺体を検案させていただき、あと数センチずれていればとか、あと数秒遅ければ最悪の結果は免れたのになど、人の命のはかなさや、自分ではどうしても自在にならないむなしさは、少し判ったつもりであったが、圧倒的な力の前では、かくも無力なものかと、5月に福島南相馬に検案活動に従事し思い知らされた。

今年の抱負や目的を能天気に載せるつもりであったが、打てば打つほどうそっぽくなり、Del.を続けてしまう。

だから今年は、「復興と祈り」を胸に、心を強く、そして、優しく生きることを唱えたい。 合掌

巽 信二